AFICS-Japan ライブラリートーク

 

202126

講演者 服部英二
UNESCO事務局長顧問

著書 『地球倫理への旅路 ― 力の文明から命の文明へ』

総合司会の佐藤純子AFICS-Japan 副会長が開会し、この講演会にはAFICS-Japanの会員以外の方も多く参加されていると説明し、講演者でありAFICS-Japanの会員である服部英二氏を紹介した。服部英二氏は197394年にユネスコ本部に勤務し、首席広報官、文化担当特別事業部長等を歴任。退官後にはマイヨール第7代ユネスコ事務局長の顧問、続いて松浦晃一郎第8代事務局長の官房特別参与を務め、現在も麗澤大学国際研究所客員教授、地球システム・倫理学会会長顧問、世界ユネスコ協会・クラブ連盟名誉会長など幅広く活躍している。続いて、パネルディカッションの4人の討論者である、元ユネスコ大使・文化庁長官で現在地球システム・倫理学会会長の近藤誠一氏、東京大学名誉教授で星槎大学学長の山脇直司氏、元ユネスコ大使・外務省国際文化局長そして国連事務総長アフガニスタン特別代表を務めた山本忠通氏、そして日本ユネスコ協会連盟理事長の鈴木佑司氏を紹介した。 なお、登壇者の方々の略歴は別途詳しく記載があると説明。その後、会の進行を簡単に説明し、服部氏に講演を始めてもらった。

服部英二氏は世界が文明を変えなければいけない転換点に来ていると述べた。パンデミックは地球から人類に対する警告である。地球は悲鳴を上げている。「成長」を進歩と観る科学技術的な歴史観に対して文化の独自性とその価値を尊重し、「多様性」を擁護することが重要であると述べた。ローマクラブによる『成長の限界』の警告は今も真実に近い。CCはもはや気候変動 (Climate change) ではなく気候危機 (Climate Crisis)であり、「自然は人類に反撃する」とグテーレス国連事務総長も哲学者ミシェル・シェールも述べている。

17世紀、デカルトのCOGITOが主観と客観を分断し非生命化したことにより「自然との離婚」という重大な事件が起こった。以後の300年、すなわち人類史の2万分の1の時間帯が異常である。自然観を東西で分ける人があるが、本来は人も自然も神の被造物とするキリスト教、万有に神の顕現を見るイスラームのタウヒードの思想等は、実はヴェーダや日本の天台本覚思想にも通じる。UNESCOの初代事務局長、ジュリア・ハックスレーは東西の文化の流れを是正しようとした。しかし1960年代、新たな多数の独立国のユネスコ加盟により、途上国援助という南北の軸が生まれ、これが中心となった。だがこの時、「ユネスコによる開発援助は大海の一滴、それに対し文化間の対話は無限」と語ってくれたアンドレ・マルローに押され、自分は、ユネスコはその前身である「知的協力委員会」の活動こそを核とすべきと主張、「科学と文化の対話シンポジウムシリーズ」を発足させた。最大の懸念は科学と伝統智の乖離であった。1986年のベニス・シンポジウムが、「科学はその独自の道で、今や伝統と対話できる段階に達した」との宣言を発し、学界に衝撃を与えた。以後1995年の東京シンポジウムに至る一連の知の収斂からUNESCOによる「文化の多様性に関する世界宣言」が生まれ、また「全は個に、個は全に遍照する」との世界観、トランスディシプリナリ―と言う統合学の方法、「通底の価値」等の言葉が世界に認知されてゆく。

ユネスコは知的機関であり、「戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」との理念の上に築かれている。戦後日本の国際復帰はユネスコから始まったが、それには1947年仙台で始まった民間運動の力があった。またUNESCOのScience のSは広島と長崎に落とされた原爆の衝撃から1945年夏、急遽加えられたもので、教育Eと文化CのUNECOがUNESCOになった。そして導入された自然科学の生物圏の保全事業 MAB(Man and the Biosphere Program)が「世界遺産」の観念の産みの親となった。

自分の思索の出発点は「日本は伝統を維持している。西欧は伝統を断ち切った社会だ」とのフランス作家の言葉であった。しかし近代文明が西欧文明と同一視されてきたことは確かである。「神は死んだ」と明言したニーチェが示した近代西洋社会は、理性を神とし、存在to beより所有to haveに価値をおく「力の文明」を産んだ。自然を統御する「人類世」Anthropoceneは既に17世紀に始まっていたのだ。文明一元論を脱し、多文明間の互敬に基づく対話を試みたのが、量子力学を初めとする最先端の科学者から支持されたのは嬉しい。

服部氏はまた、本の冒頭に老子の言葉を引用している。「人は地に法り(のっとり)、地は天にのっとり、天は道にのっとり、道は自然にのっとる」。すなわち究極の道(タオ)も、更にまた自然(じねん)を規範としている。その自然とは何かを問うたのがこの本だ、と述べた。そして自分がたどり着いた結論として、自然とは<いのち>であり、オートポイエーシス(自己創出系)である命の相補的ネットワークが自然の姿なのであるとし、この自然を非生命化したのがCOGITOで、近代文明は自然との離婚という過ちを犯した。今は自然の一部としての人類の本来の姿を取り返す時だ、と結んだ。

続いて、パネルの討論者が意見を述べた。

元ユネスコ大使・文化庁長官で現在地球システム・倫理学会会長を務めている近藤誠一氏は2万分の1の地球の時間帯でおこった歴史は西洋文明の力に支配され科学を妄信して人間は何でもできるという錯覚を生んだ。文明自体は悪くないニュートラルであるが、人類の命の文明としてモラルのある自然科学、社会科学、人文学そして芸術を総合した「人文知」の重要性を認識した上で、文明の力を自然と人間のために使いこなすべきであると指摘された。

東京大学名誉教授で星槎大学の山脇直司学長はユネスコ憲章にかかげられている「戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を引き起こした共通の原因であり、この疑惑と不信のために諸人民の不一致があまりにしばしば戦争となった」というメッセージを活かして、各々の文化を尊重し対話を促進することが、これからの世界でますます重要になる。日本が世界に貢献するためには、自文化中心主義(エスノセントリズム)に陥ることなく、相互理解を助長する形で、文化的な発信をしていくべきであると述べた。

ユネスコ大使、外務省国際文化局長そして国連事務総長アフガニスタン特別代表を務めた山本忠通大使は、政治社会文化において米国と中国のパラダイムがある。「進歩の思想」で明日よくなるという考え方のもとでの欧米社会の直進的な思想が第2次世界大戦後に定着した。ベンタムの「最大多数の最大幸福」という功利主義そしてGDPに代わる新しい進歩を定めるパラダイムはなにかを探る必要がある。人間の文明の発展は富の集積が必要であるので、その富をどのように分かち合うか、力の競争に代わる概念として、「競争」に替わった「切磋琢磨」という言葉に含まれたシナジー (Synergy)と言えるかも知れないと述べた。

鈴木佑司日本ユネスコ協会連盟理事長は、政府機関であるユネスコが市民の視点を大切にしてきたユニークな「平和の館」としてスタートしたことを指摘したうえで、特に冷戦の終結後、成長一本やりで成功を収めているアジア地域でこの点を軽視ないし無視する傾向が強まっていることを指摘。西欧社会の経験に学び、アジアの智と伝統を再評価する努力が衰退している。批判的検討を経ないで、まず国家政策ありきで、都合の良い実証を整える傾向が強まっている。「命の文明」にどうパラダイムシフトするか、アルゴリズムにどう立ち向かっていけば良いかが問われている。

その後、AFICS-Japan長谷川祐弘会長の司会の元、多くの参加者も交えた討論が行われた。討論の終わりに、長谷川会長が討論の内容を吟味して自らの感想を述べた。第一点として「通底した価値観」を重んじるようにすべきとの服部氏の見解に中村桂子・草原克豪など多くの方々が賛同された。西欧社会が推進してきた「普遍的な価値観」がキリスト教で重んじられてきた自由な人間個人を主体とした価値観であったが、「通底した価値観」は多様性のある共同体においてのコニュティーで包括的に共有された価値観であるとの理解を示した。そして服部英二・山脇直司学長が平和は心の砦に築くべしとのユネスコが掲げる文化の尊重と対話の下での相互理解を助長する文化的な発信が必要であると指摘したことは注目すべき点であったと述べた。

第二点として、服部・堀尾氏が言及された、「神は死んだ」そして新たな道しるべ(道標)として「理性」が台頭した。確かにAnthropocene「人新生」の時代は3世紀前に始まった。しかしニーチェ曰く、人間は「運命愛」で生きており、あるがままの姿において無可避的に回帰する。この「永劫回帰」という捉え方は実存主義の極限の形であり、仏教ではいつでもどこでも変わらぬ道理である諦観(ていかん)として見られているが、全てのものは平等に無価値であり、終わりも始まりなく繰り返されることであるとの見解が心に浮かんだと述べた。第三点として、人間は子供から大人へと成長するが、人間が構成している国家は成長し進化してきているのだろうかと問うた。君主がいかに良い政治を行うかを説いた孔子と同じ中国春秋時代に生きた老子は人間社会のガバナンスより重要なことは、人間がいかにして自然と融和して暮らすことであると説いたことを思い出した。まさしく服部氏そして山本忠通大使や鈴木佑司理事長が指摘したパラダイムシフトの必要性である。その意味でハラリが指摘しているように、アルゴリズムに人間がどのように対処していくべきかが新たな課題である。

最後に服部・近藤氏が指摘したように、人間は力と成長の文明の下で地球のエコシステムを損傷してきており人間自身にとっての自滅行為を犯していることは確かである。このことが46億年の地球史にとって何を意味するか知りたい。大隕石が6600万年前に落下して地球の環境を破壊し恐竜を絶滅させたが、その後に地球の環境は再生され人類が誕生した。また何十万年ごとに起きると言われる氷河期と温暖期の移行期には海水の高さは100メートルも上下することがあると言われている。これが事実であれば、人間が地球のエコシステムに与えている危害が人類の自滅行為になる可能性は十分とあるが、それが地球にとって何を意味することかより深く学んでいきたいと述べた。

長谷川会長は結論として参加者が人類の存続のために重要な点について高貴な点から討論されたことは有意義であって考え学ぶことが多々あったと感謝の意を表明した。

 

Part 1:  服部英二氏講演

Part 2:  パネル討論

Part 3:  質疑応答